独白と勝敗
美しい王城に似合わない野太い声が響く。
鍛錬場では血気盛んな兵士達が代わる代わる試合をしており、観戦する男達も盛り上がり声援を送っている。
その様子を少し離れた所から傍観しつつ、ダレルは呆れたように腕を組んだ。
もしここにフィオナがいれば、必ず彼女は飛び入り参加を申し出るに違いない。そんな事が容易に想像でき、呆れるしかなかった。
「お前は参加しないのか?」
背後からかけられた声に視線を向けると、興味深そうに試合を見つめるエリオットがいた。暫く姿を見ていなかったが、若干疲れているようではあっても特に体調不良という訳ではなさそうだ。
既視感を感じながら溜息を吐き、ダレルは首を振る。
「トーナメントを勝ち抜いた者が私の相手をするそうですよ。本人の許可もなく、勝手に盛り上がって……」
「なるほど、強制参加か。懐かしいな、俺も昔よくやった」
「殿下が?」
「これでも一応、教養として剣術も馬術もある程度身につけているんだ。特に剣術は身を守るのにも使えるし、勉強よりは楽しかったから何度もここであいつらに相手をしてもらった事がある。最近はやっていないが、弱くはないと思うぞ」
冗談めかして笑い、エリオットはダレルの隣に並び柱に背を預けた。
兵士は誰もが試合に夢中で、王子の登場に全く気付いていないようだ。ちょうど勝負が決し、次の試合が始まった。
それを眺めながら、ダレルに静かに問いかける。
「クラリッサが引きこもっていると聞いたが、大丈夫なのか? 様子を見に行っているんだろう?」
「……行っても出てこない所か何も言わないので、暫く放っておこうかと。あいつも子供じゃないし、気弱ではありますが、年下の私達の面倒を見てきただけはある。心配には及びませんよ」
あっけらかんにそう答えたダレルは、僅かに肩を竦めた。
自分達はあまりに長い間、一緒にい過ぎたのかもしれない。悪い事だったとまでは思わないが、本来既に経験しているだろう壁に今更ぶつかっている。子供がかかってもたいした事はないが、大人がかかると症状が酷い病と同じだ。
クラリッサは幼馴染を大切にしすぎるあまりに自分が見えなくなる事がよくあり、フィオナは傷つかないようにと幼馴染に大切にされすぎて経験すべき事を経験しなかった。そして、ダレル自身も自覚はあまりしていないが、何かしら自分にも問題があるだろうとは思っている。
クラリッサは聡明だ。自分の考えさえ纏まれば、自然と自分から出てくる。それなら、今は少し距離を置いておいた方がいいだろう。
憂鬱になりそうな気持ちを溜息を吐く事でやり過ごし、ダレルはちらと隣の彼を見遣った。
「殿下こそ執務室にこもりきりだそうですが、一度くらいフィオナに顔を見せてやってはいかがですか?」
ぎょっとエリオットが振り返り、バイオレットの瞳をこれでもかと見開いた。
驚いたと顔全部で表現するその反応の理由がわからずダレルが僅かに眉を寄せると、彼は呆けたような顔のままダレルをまじまじと見つめる。
「いや、まさかお前にフィオナの所に行くよう言われるとは思わなくて……俺があいつに近寄るのを、快く思っていないんじゃないのか?」
戸惑いが滲んだその問いかけを聞き、それもそうかとダレルは納得した。
彼と自分は恋敵だ。それなのにフィオナの見舞いを勧めるなど、どうぞ抜け駆けしてくださいと言っているようなものである。
ダレルは、彼女の意識が戻った日の事を思い出した。
全く動かない彼女がちゃんと生きているのだと、手のひらを握る事でどうにか信じる事ができた。
うすらと瞼が持ち上げられ、エメラルドの瞳が自分を映した時、どんなに安堵したか。しかし同時に、絶望に似た敗北感を味わっていた。
フィオナは、昔の夢を見たと言った。両親が死に、ダレルに見つけられた時の夢を見たのだと。
だが、彼女が呼んだ名前はダレルではなかった。
きっと彼女は覚えていない。無意識だったのだろうから。
それでもダレルの耳には、他の男の名を呼ぶ優しい声がこびりついていた。
「フィオナに告白をしました」
問いには何も答えず、代わりにはっきりとそう告げた。彼の瞳がまた見開くのを見て、少しだけ鬱然とした気分が晴れる。
エリオットが何かを問いかけてくるより先に、ダレルは言葉を続けた。
「返事はまだ貰っていません。急かすつもりもありません」
暫く豆鉄砲をくらった鳩のように驚いていたエリオットだったが、その内「そうか」と呟くように言うとまた柱に背を預けて前を見た。試合は白熱しているようだ。
ダレルも倣うように前を見て、子供のようにはしゃぐ男達を眺める。
「……フィオナは今でこそお転婆なんて言われてますが、昔はもう少し大人しかったんだったんですよ。好奇心旺盛なのは変わりませんが、怪我したら泣いたし、喧嘩もしなかった」
独り言のように語るダレルの声は穏やかで、エリオットも何も言わずに耳を傾ける。
心地好い風と沸き起こる歓声、そればかりが満たす空間で、ダレルは幼い頃の記憶に思いを馳せた。
「でも、あいつの両親が死んで、引き取ろうとした伯父さんの誘いを断って一人で城下町に残って……その頃から、フィオナは強がるようになった。周りを心配させないようにかどうかは知りませんが、街駆け回ってやんちゃを働いたりして、まるで自分は元気だってアピールするように笑って……だから俺は、あいつを傷つけないように、傷つかなくていいように守りたかった」
この独白を隣の彼がどう受け取ったのか、ダレルには知る事はできない。
それでも視界の端で真剣な表情をして聞いていた彼を見ると、思いの外自分が安らかな心地でいる事に気付き、少しだけ安堵した。
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