親と子

 国王と王妃が帰ってきたとあり、華やかな城下町は一層賑わいを増していた。
 店先は勿論、民家も含んだ建物という建物には色取り取りの飾りつけがされ、浮かれたように昼間から酒を飲む男達や、広場で踊る女子供など、余所者も随分と来ているらしく、まさに街中がお祭り騒ぎだった。
 しかし城から見て南にあるジエタ地区にまで来ると、だいぶ賑わいは薄れる。いくら城下町といえど、街の端にあるこの地区でお祭り騒ぎをする者は少ないらしい。
 いつもより人通りの少ない道を歩き、フィオナはようやく辿り着いたある家を見上げた。
 ぬくもりのある木にペンキで色をつけることなく、自然なこげ茶色の壁をしたその家は、どこにでもあるような二階建てで、屋根は紺色をしている。薄いカーテンが引かれた窓は明るく、中からは高い子供の声が聞こえてきた。
 フィオナはついふっと笑みを零し、壁と同じこげ茶色の扉を叩いた。すぐに反応する声が聞こえる。
「ちょっと、代わりに出てきて!」
「はーい」
 女の声の後に元気のいい子供の声がして、同時にバタバタと足音。
 間もなく開かれた扉から、萌黄色の瞳をした少年がひょっこりと顔を覗かせた。フィオナを見上げてぱちぱちと目を瞬く少年に、フィオナは自然と顔が綻ぶ。
「久しぶり、ディック」
「フィオナねえ! おかえり!」
 ようやく目の前に立つ人物が誰かを理解したとでも言うように、彼はぱあっと目を輝かせると、躊躇なくフィオナの腰に抱きついた。
 十歳程の少年はまだまだ成長期を迎えていないようで、軽い衝撃をなんなく受け止め、フィオナは茶色がかった黒髪を撫でる。
 すると、彼の喜ぶ声を聞いたらしい中年女性が奥から顔だけを覗かせ、フィオナを見ては少年と同じようにぱちりと目を瞬いた。
「あらあら、フィオナじゃないの! あんたはまた急に帰ってきて……まあいい、早くあがりなさいな。ちょうど昼食にする所なんだよ」
「ああ。ありがとう、デイジー」
「いいのよ。おかえりなさい、フィオナ」
 ふふ、と笑みを浮かべる彼女。
 二人とも、まるで当然のように『おかえり』と言って迎え入れてくれる。それがなんだかとても心地好く、フィオナもつられるように「ただいま」と笑みを浮かべた。
 ここはフィオナの幼馴染にして親友、そして魔王討伐の仲間でもあったダレル・ボールドウィンの生家である。
「今は二人だけ? デイヴやダンは?」
「二人とも仕事に行ってるのよ。まあ、デイヴはお祭り騒ぎに参加しているかもしれないけど」
 ボールドウィン一家は五人家族だ。さっぱり系おしどり夫婦のデイジーとダン、そしてデイヴとダレルとディックという男三兄弟である。
 長男のデイヴは楽天家で夜遊びも好む所があり、五歳年下のダレルは恐らく兄を反面教師にしたのではと思うほど性格が似ていない。
 末っ子であるディックは二人の兄の内どうやらダレルの方が好きらしく、ダレルを純粋に慕っては彼のように立派な強い男になりたいと言って目を輝かせる。
 そんな無垢な少年に手を引かれるままリビングに連れられ、フィオナはディックの隣の席に座らされる。ここは本来ならばダレルの席で、言ってしまえば『ディックのお気に入り』が座れる場所だ。彼が一番好きで尊敬している兄が不在なら、フィオナがここへ座るように強請られるのは自然な事だった。
 フィオナとディックが席についたのを見計らったように、デイジーが昼食を運んでくる。ミートソースがたっぷりとかかったパスタを並べ、「おかわりあるからたくさん食べなさいよ」と笑うデイジーに大きく頷いた。
「なあなあ、フィオナ姉! ダレルにい達は元気?」
「ああ、ダレルもクラリッサも元気だよ。今日も真面目にお仕事中」
「そういえば、ウチだけじゃなくてクラリッサん家にはちゃんと行ったかい?」
「勿論。クラリッサの話聞かせてあげたら、すごく喜んでたよ」
 溺愛されてるからなあ、と苦笑を漏らせば、デイジーは小さく笑う。
「フィオナだってちゃあんと私達が溺愛してるだろ。私は一人くらい娘が欲しかったんだけどね、最後の望みだった三人目もこの通りさ」
「その言い方は酷いよ母ちゃん」
「だからって、ディックを蔑ろにはしてないだろ? まあつまり何が言いたいかってーとさ、あんたは私の娘も同然って事。私にとってはクラリッサも娘みたいなもんだし、きっとクラリッサんとこの二人もそう思ってるよ。あんたら三人は私ら三つの家の子供なのさ」
 余所の子よりよっぽど愛情たっぷりだろう、とどこか自慢げに言うデイジー。いつまで経っても彼女に敵いそうにないのは、やはり『母親』だからなのか。
 ずるいずるいと言い募るディックを苦笑しつつ宥めていれば、デイジーは水の入ったコップを煽った。
「……フィオナ、今日は親に会いに来たんだろ。ちゃんと会えたかい?」
「ああ。相変わらず綺麗だったよ」
「そりゃあ、私らが毎日お節介焼いてるからねえ」
「悪いな、デイジー。私の代わりに」
「いいんだよ。モニカもジェフも、大切な友人だ」
 穏やかに細められた眼差しには両親への情だけが浮かべられていて、フィオナは胸の奥がきゅうっと縮こまるような想いがした。
 それを隠してパスタを飲み込み、ふっと零れたのはやはり苦笑。
「全く、おかしな話だよな。私なんかが勇者様って称えられるなんてさ。そんな大層なもんじゃないのに」
「……フィオナ、あんまりそういう事言うんじゃないよ」
「わかってるよ。『崇高な志の下、世界を救った勇者様』の夢を壊したくなんかないからな」
 翠玉の瞳を細めて、隣に座った少年の頭をまるで壊れ物でも扱うかのように優しく撫でた。
Copyright (c) 2012-2013 Ao Kishibe All rights reserved.
 
inserted by FC2 system