嫌な日

「女性らしく土産は装飾品の類にしようかと思ったんだが、勇者殿ならば食べ物の方が良いだろうと菓子にしたんだ」
 まあ適当に座りなさい、と人気のない庭園の片隅に腰を下ろした男を、フィオナは不躾だとは思いつつも訝しむ視線で見つめるしかなかった。
 元々人が行き交うような場所でもないのだが、人払いでもしているのだろう。少し離れた所に見覚えのある近衛の者が立っているだけで、他に人影はない。
 何故こんな所に連れてこられたのか。そもそも、国王が地べたに座っていいのか?
 ぐるぐるとそんな事を考えながら、渋々といった様子を隠しもせずに男から適度に距離をとった場所に同じように座ると、それを見て彼――ウォルト・クロムウェルは苦笑を漏らして手に持っていた包みを開けた。
「そんなに警戒されるような真似をした覚えはないんだが、放蕩息子に何か言われているのか」
「……いえ、特には何も。国王陛下に待ち伏せをされていれば、誰でも警戒心は持ちます」
「おお、なるほど」
 それもそうだと頷いたウォルトは、しかしすっと目を細めて「その言い方からするに、言われているには言われているんだろう?」と薄く口元に笑みを浮かべる。フィオナはつい眉根を寄せた。
 顔立ちはどちらかといえば母親似なのだろうが、エリオットの根底にある性はこの父親に似たのだろうと思う。人の瞳から何かを探ろうとするような、時々見せるこの深い色をした瞳がよく似ている。
 正直に白状するかどうか迷ったが、フィオナはその内諦めたように肩を竦めた。
「なるべく近寄るな、と。不愉快な病がうつるから、滅多な事が無い限り関わるなと言われました。殿下とは不仲なようですね」
「まさか。俺もオリヴィアもエリオットを愛しているし、エリオットもよく親孝行をしてくれる。特別仲がいいと自惚れるつもりもないが、不仲ではないだろうさ。ただ、君が関わるとあいつは強情だからね」
 そう言いながら差し出されたのは、先ほど土産だと言っていたお菓子らしい。土産を勝手に開けるなよ、とは思ったが、「他にも土産はあるからまあ気にするな」と笑うウォルトに心中で溜息を吐き、受け取った。
 魔王討伐の旅の途中で見た覚えのあるそれを口に入れると、やはり想像していた通りの味がした。懐かしむように、エメラルドの瞳が細められる。
 ウォルトは小さく笑った。
「だが、あいつをあんまり苛めるのも本意ではないし、さっさと本題に入ろうか」
 その言葉に、フィオナは改めて目の前にいる男を見据える。
 国王だというのにあまり煌びやかな服装はしておらず、あくまで旅路というのを意識してか軽装だ。そのズボンも土に汚れてしまっている。国王を見た事も無かった頃はもっと威厳だとかを重んじるものだと思っていたのだが、これでは拍子抜けもいい所である。
 黙してただ先を促すと、ウォルトが微かに息を吸うのがわかった。
「単刀直入に言おう。俺とオリヴィアは、是非フィオナ・アルフォードにエリオットの妃になってほしいと思っている」
 そういう類の話だろうとは想像していたが、驚かずにはいられない。
 目を見開いたフィオナを見据えたまま、ウォルトは言葉を継ぐ。
「元々、我が国は側室を迎えその中から正室を選ぶという他国と変わらない制度を建国以来続けてきた。だが、最早それは廃れつつある。俺の祖父も父も、そして俺も、ただ一人の女を愛し、その女だけを妻として迎えた。エリオットもそのつもりだろう」
「……そんな話は初耳ですが」
「エリオットがこの歳まで妃を選ぼうとせず燻っていたからな、つい半年前まで焦れた臣下共が側室を迎えるよう騒いでいた。君が現れて多少大人しくなったようだが、まだ諦められない奴らがいるんだろう」
 まだ王城に来たばかりの頃に、誰かが『殿下は早く側室を迎え入れるべきだ』とぼやいていたのを偶然聞いて以来、今まで王城内など関心がなく無知に等しかったフィオナはそうなのだと鵜?みにしていたのだが、そうではなかった。
 なんだか悔しいような恥ずかしいようなむず痒さに僅かに眉を寄せると、ウォルトは眉を下げて笑う。
「あまり多くを語るとエリオットが怒るから言えないが、あいつはどうやら本当に君が大切なようだ。それなら俺達は、息子が愛する女性と結ばれるよう祈るばかりだよ」
「……私は庶民ですよ。身分違いも甚だしいとは思わないんですか?」
「思わないな。少なくとも俺にとって重要なのは息子が愛した女性の身分ではなく、その人の心根だ。俺は君のような快活な娘はなかなか好きだよ。もし身分の事で反対する者がいるなら、『世界を救った勇者様』だと言えば黙るだろう。後は、君の気持ち次第だ」
 真摯なその瞳に、言葉に詰まった。
 ウォルトの言葉を何度か胸の内で反芻し、フィオナはそうっと息を吐く。
「……ご用はそれだけですか。それなら、もう行きますね」
「フィオナ……」
「一応、考えておきます」
 苦笑を貼り付けた国王に頭を下げ、すぐにその場を辞した。『歌人の門』へと向かう足取りは同じ筈なのに、どうしても心は晴れない。
 今日は嫌な日だ。小波立つ胸に舌打ちして、フィオナは城下町へと向かった。
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