怒声と涙

「こンの大馬鹿ッ!!」
 ダレルの渾身の怒声を一身に受けるのは、当然のようにフィオナだ。

 すっかり日が沈み、王城は俄かに騒がしくなっていた。
 エリオットとあいていた兵士が慌しく出て行ったかと思えば、まさしくボロボロのフィオナを連れて帰ってきたのだから当然だろう。
 エリオットが出る時におおよその状況を聞かされていた者達は皆オロオロと彼女が無事に帰ってくるのを待ち侘び、フィオナ達が帰ってきた時には既に城中がその話で一杯だった。
 怪我をしているフィオナを医務室へ運ぶよりも医師を連れてくるべきだと誰かが言えば、城に入ってすぐの講堂で大人しく座っているよう言われ、されるがままにフィオナはエリオットの上着をぶかぶかと着ながら木製の椅子に腰かける。エリオットはすぐにサイラスと共に慌しくどこかへ行ってしまった。
 仕方なくオロオロする使用人達に囲まれ医師が来るのを待っていたのだが、ダレルが駆けつけた事で空気が一気に変わった。

 先程までの騒がしさはどこへやら、ダレルの怒声に講堂にいた者達が震え上がる。
 フィオナは面倒臭そうに眉を顰めながら、今年一番の仏頂面を携えたダレルを見上げた。
「お前は何故そういつもいつも一人で勝手に判断して厄介事に巻き込まれるんだ! 昔からお前はなまじ運動神経がいいばかりにすぐに調子に乗る! 俺達を心配させるのを楽しんでいるのか!?」
「あーもうダレル、何回も聞いたよソレ」
「お前が何度も言わせているんだろう!!」
 わなわなと怒りに震えるダレルを目の前にしても、フィオナは縮こまる所か反省した様子も見せずに火に油を注いでいる。
 勇者だ、勇者がいる。周囲の使用人達が戦慄しながら心中で唱えていると、また一つ慌しい足音が近付いてくるのが聞こえた。
 床を叩くヒールの音は講堂に辿り着く前に、ドタッという間抜けな音と女の悲鳴に変わった。しかしまた足音が鳴り響き、講堂に飛び込んできたのはもう一人の幼馴染、クラリッサだった。
 研究の真っ最中だったのだろう、至る所が汚れたままのクラリッサは先程こけた所為もありボロボロで、大きな瞳一杯に涙を溜めてフィオナに駆け寄ってくる。
 クラリッサに気付き一度説教を止めたダレルを押し退け、クラリッサはフィオナを抱き締めた。
「――いだだだだだっ!?」
「馬鹿フィオナッ! 私、すごく心配したのよ! フィオナが大怪我して帰ってくるんじゃないかって……っ」
「ちょちょ、ク、クラリッサっ? お前が押さえてる所ちょうど打撲してるんだけど、あたたたっ、ダ、ダレル! ヘルプミー!」
「自業自得だ馬鹿。クラリッサ、もっと絞めろ。殺る気でいけ」
「てめっ、後で覚えてろよカタブツだだだだだだッ!」
 痛みに悶えるフィオナの声が講堂に響く。
 傷だらけの体を一頻り抱き締めたクラリッサは、がばっと彼女の胸に押し付けていた顔をあげた。ぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙に、フィオナはつい言葉を失う。
 泣き虫な彼女が涙を見せるのは、実に半年振りだ。魔王を倒した瞬間、三人が無事に生きている事に泣き、帰郷した時も泣いていた。
 飽きるほど見ている筈の彼女の涙は、いつも強くフィオナの胸を揺さぶる。
「……泣くなよ、クラリッサ」
「フィオナが泣かせてるのよ! 馬鹿! フィオナの馬鹿、馬鹿!」
 子供のように泣きじゃくるクラリッサの桃色の髪を撫で、フィオナは出来る限り優しくごめんなと謝罪を口にする。
 気の弱い彼女がたった一言『馬鹿』と連呼するのは、本当に怒っている時だと知っている。
 だからこそ心から謝罪を述べれば、クラリッサは更に涙を流してフィオナに抱きついた。
「フィオナなんかっ、フィオナなんかっ……大好きなんだからぁ!」
「はは、知ってる」
 よしよし、とあやすように頭を撫でる手のひらを感じながら、クラリッサは駄々をこねるように頭を左右に振る。
「っ次、一人で危ない事したら、お菓子に痺れ薬混ぜてやるんだから……!」
「……お前が作った薬はほんとシャレにならないから勘弁してくれない?」
「お前が一人で突っ走らなければ済む話だろう」
 思わず明後日の方向を見つめて苦笑を漏らせば、さも当然のように腕を組んだダレルがそうハッキリとのたまった。
 ――……一人で、ね。
 胸の奥がむず痒いような幸福感に、フィオナはますます苦笑するしかない。
 眉を下げて笑う彼女につられるように、使用人達も微笑ましげに表情を綻ばせた。
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