きっかけ

 キン、と軽快な音を響かせて、剣と剣がぶつかり合う。
 その様子を一瞬たりとも見逃すものかとまじまじと見つめている兵達は、一方の剣が振り払われると同時に短い歓声を上げた。
 切先を突きつけられた喉元が、こくりと動く。
 それを見つめながら、ダレルは小さく息を吐いた。
「……俺の勝ちだな」
「だああ! また負けたぁ!」
 ダレルが剣の切先を退けると、悔しそうに叫んだフィオナがそのままドサリと地面に寝転がる。その様子にダレルはますます呆れ顔を作るが、知ったことではない。
 二人の本日三度目の決着を見守っていた兵士達は、興奮気味に彼らに駆け寄った。
「隊長、お見事です! フィオナ殿を打ち負かすなど、自分には一生かかっても無理な気が……」
「諦めるな。励めば必ず結果はついてくる」
「随分偉そうだなムカつく」
「少なくともお前よりは偉いからな」
 むくりと起き上がったフィオナは、ついた砂を気にすることも無く不満げに彼を見上げている。
 所構わず座り込んで座禅でもするように足を組んでむくれるのは、幼い頃から全く変わらない。本当にそれで成人かと、やめるように何度注意した事か。
 思わずダレルが溜息を吐き出せば、フィオナはますます膨れっ面を作って彼を睨み付けた。
「魔術さえ使えたら私が勝ってた!」
「そりゃ、いちいち体力回復されればそうだろう」
「この剣術馬鹿!!」
「餓鬼」
 淡々と言い返してくるダレルにフィオナが悔しそうに彼を睨みつけ、兵がなんとか宥めようと声をかける。
 ダレルに対して馬鹿などと暴言を吐くことが出来るフィオナも凄いが、そんな彼女をここまであしらい煽ることが出来るのもダレルくらいだろう。
 そう思うと微笑ましいようなそうでないような、微妙な感情に兵士達は苦笑を零した。
 そんな中、一人の兵士がやはり興奮気味に手を挙げる。
「隊長、フィオナ殿! 一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「お二人は、一体どのようにしてそれだけの剣術を身に付けられたのですか?」
 きょとん、と目を丸くしたフィオナとダレルを囲む他の兵士達も気になるのか、目を爛々と輝かせて答えを待っている。
 二人は互いに顔を見合わせて、僅かに首を捻った。
「俺は魔術が使えないから剣しかなかったが、習える場所もなかったからちゃんと型を覚えたという訳でもない。とりあえず体を鍛えて、後は相手の隙を狙って剣を振るっていただけだな。言ってしまえば今、正式な剣をお前達から学んでいる」
「私はダレルの真似。基本的に殴り合いの喧嘩だったし、ダレルがやり始めたから私もーって感じ?」
「おお……さすが、勇者様一行は違う……!」
 大抵の人間がおおよそ扱うことができる魔術は、勿論人によって得手不得手がある。
 生まれつき魔力をあまり持たなかったダレルは早々にその道を見限り、魔術についての知識もあまり身につけようとしなかった。一方でクラリッサはその線に長け、攻撃系・回復系と大別される魔術をどれもうまく使いこなす。
 フィオナはといえば、ここでも自身の不器用が裏目に出て、以前クラリッサに教われるまま攻撃系の魔術を発動しようとして大惨事になった事がある。それ以降、使えるものは暴走する恐れのない回復系のみだ。
 しかし、それだけでは満足に戦えない。いくら傷を治せても、相手に攻撃できなければ勝つ事などできない。
 だからとりあえずとった剣ではあったが、なんとなく気になっている事があった。
 何故か尊敬の眼差しを注がれていることを不思議に思いながら、フィオナはそれを聞くべくダレルに声をかける。
 ダレルはそんな彼女を見下ろして、未だついたままの砂を払ってやりながら「なんだ」と問いかけた。
「なんで剣なんて始めたんだよ。そんなの無くたって負けた事なかったのに」
「……お前はとことん馬鹿だな」
「なんだと仏頂面」
「いつまでも子供同士の殴り合いで終わる訳が無いだろう。お前が昔強盗を伸した時だって、あいつはナイフを持っていたんだぞ」
 また新たな武勇伝かと驚く兵士達の中で、フィオナは「そうだっけ?」と首を傾げる。
 そんな幼馴染に、ダレルは重々しく溜息を吐いた。
「無茶をする馬鹿と愚図る馬鹿を守るには、剣ぐらい必要だろう?」
「馬鹿馬鹿言いすぎだ馬鹿」
「お前が一回分多い」
「うるさいっ!」
 再び始まった他愛ない言い争いに兵達が笑う。
 その光景を冷たく見下ろす瞳があった事に、この時は誰も気付かなかった。
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