それぞれの問題点

「一体、殿下の何が気に入らないと言うのだね」
 どうして叱られているんだろう。そう思いながらも、フィオナは「はあ」と気の抜けた返事をする他なかった。
 ざっくりと城を二つに分けるならば、エリオットに真っ当な貴族との結婚を望む者、エリオットとフィオナの結婚を望む者に分類する事ができる。侍女や兵士など、割とフィオナとも近しい存在であったりすると、その者達はもっぱら後者である。しかし、役職が上になればなるほど当然のように前者が圧倒的に多い。
 だが、中には奇特な人もいるものだ。その変わり者が、目の前にいる侯爵だった。
「別に気に入らない訳でも嫌っている訳でもないんですけど……」
「なら早く結婚してしまいなさい」
 いささかぶっ飛んだ事を言うこのジェフリー・アリスンという男、国王を支える宰相という立場でありながら、何故か当初よりエリオットとフィオナの仲を取り持とうとしている。
 ああ、ぶっ飛んだ王子が仕切ってる国なんだからぶっ飛んだ思考をしていても仕方がない。なんて失礼な事を考えるだけで、視線が鋭くなる。さすが年季が入っているだけあって、視線だけで熊だろうが何だろうが射殺せそうである。
 何度か繰り返されたやり取りを退屈に感じながら、フィオナは僅かに肩を竦めた。
「だって、本気でもない男に取り合うのは馬鹿馬鹿しいじゃないですか」
「だから何度も殿下は本気だと……」
「貴方からは何度も聞きましたが、殿下本人から聞かされていません。現に殿下は貴族の令嬢方を傍に置く事をやめない。例え本当に私を愛していたとしても、側室をとるべきなのはわかっています。だから文句は言いません。でも、私を本当に愛していると言ってくれないのに、私は殿下をそういう目で見る事はできません」
 何度目かの台詞を吐き捨て、フィオナは部屋を出た。
 呼び止めもしないのは、彼も同じやり取りに辟易しているからだろう。アリスンには悪いが、フィオナは自分を曲げるつもりはなかった。
 エリオットはフィオナに愛を囁く。そして他の女にも同じように愛を振り撒く。それでどうして彼の言葉を信用できるのだ。
 彼はどんな角度から見ようと美しい顔立ちをしていて、能力も性格も申し分ない。それ故に美人が勝手に寄ってくるのだから、妃などその中から決めてしまえばいい。彼女達なら一も二もなく頷いてくれるだろう。
 自分を愛してくれない、ましてや自分も愛していない男の物になるなどまっぴら御免だ。どうせ、彼は珍しがっているだけなのだ。
 世界に一人しかいない勇者という女。他の女と違い男慣れしておらず、すぐに顔を赤らめる女。それがたまたまフィオナで、決してフィオナ自身を愛している訳ではない。
 例えば友人としてなら、彼はとてもいい男だ。次期国王の友人を気取るつもりもないのだが、恋愛対象としてみなければエリオット自身は嫌いではない、むしろ好きな部類だ。抱き締められるのは困るが、それ以外はこのままの関係が非常に心地好い。
 それを望んでいるのは、フィオナだけなのだろうか。
「フィオナ?」
 穏やかな声に、つい早足になっていた足を止める。振り返ったフィオナに、クラリッサは不思議そうに首を傾げた。
「随分機嫌が悪いようだけど、何かあったの?」
「……侯爵に鉢合わせた」
 たったそれだけの言葉で何があったのかを察する事ができる程、アリスンはいい意味でも悪い意味でも積極的である。
 苦笑するしかないクラリッサは、よしよしと彼女の頭を撫でてやる。子供をあやすみたいだとは思ったものの、思いの外気分が落ち着いていくのを感じて、フィオナは大人しくクラリッサの好きにさせる事にした。
 どこか満足げな幼馴染に笑みが零れる。クラリッサがいつも幼馴染ふたりに“年上のお姉さん”らしく振舞おうとしているのは、ずっと前から気付いている。しかし本人は気弱で、尚且つフィオナとダレルが我が強い。だから、こうしてフィオナを宥める事ができて嬉しくて仕方がないのだろう。
 にこにことご機嫌なクラリッサは、贔屓目無しに見ても可愛らしい。こんなに女らしさのない自分よりもクラリッサを選ぶなら頷けるのだ。エリオットに彼女をやる気になるかはさて置き、そうすれば自分が柄にもなく悩む必要なんてなかっただろう。
「……ああ、いっそクラリッサが私の嫁にくればいいのに」
「だ、駄目よそんなの! 私なんかがお嫁になったら、フィオナの評判が悪くなってしまうわ」
 そこかよ、と心中でつっこみながら、フィオナは苦笑するしかない。何年経っても変わらない幼馴染の自信の無さは、最早数少ない短所だ。
 こっちもこっちで問題だな、と考えていると、柔らかく自分達の名前を呼ぶのが聞こえた。振り返れば、目があったサイラスが微笑んだ。
「こんにちは。本当に仲がよろしいのですね」
「サイラスさんもエリオットと仲良しに見えますよ」
「私が一方的に構っているの間違いでしょう?」
 ふふ、と微笑む彼に、自覚はあるのか……とフィオナは苦笑する。そしてさりげなく背後に隠れようとするクラリッサを前に押し出すと、クラリッサはおずおずとフィオナの隣に並んだ。
「そ、そういえば、エリオット殿下はご一緒ではないのですか?」
「ええ、殿下は今お客様のお相手を」
 困ったように笑うサイラスに、フィオナは首を捻る。
 まだ本日は一度もエリオットを見ていないが、それも仕方がないほど毎日彼は多忙である。時には外国からの客もあるだろうし、その時は現国王が不在なのだからエリオットが相手をするのが当然だろう。
 だからどうして苦笑するのか不思議に思ったものの、変に聞き辛い。サイラスが聞いてくれるなと無言で訴えているからだ。それが何故かはやはりわからないが、彼の為にも気にしないでおこう。
「では、そろそろ失礼させていただきますね」
「お仕事頑張ってください」
 にこりと朗らかに笑みを浮かべたサイラスが、軽く一礼して去っていく。その背中を見送りながら、フィオナは呆れたように溜息を吐いた。
「人見知りは難儀だな?」
「うぅ……」
 ぐりぐりと頭を撫で回す幼馴染の隣で、クラリッサは遠くなる背中を見つめ、ほうと息を吐いた。
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