幼馴染

 王城には美しい庭園がある。一流の庭師によって管理された色取り取りの花々が咲き誇り、噴水は太陽に照らされて光り輝く。
 その一角には白い石で造られたガゼボもあり、石工により、綿密な細工がその美しさにより磨きをかけていた。
 まるで絵本の中に飛び込んだようなそのガゼボで、フィオナはうっとりと息を吐いた。紅茶の甘い香りが鼻をくすぐる。
 フィオナのその様子を見ていた女は、クスクスと小さく笑みを零した。
「クラリッサ?」
「ふふ、気に入ってくれたみたいでよかったわ。フィオナの為に考えたブレンドだもの」
 フィオナの向かいに座る彼女は、クラリッサ・ハーツホーン。つい半年前までフィオナと共に旅をしていた魔術師であり、現在は王城にて宮廷魔術室室長として魔術の研究と指導をしている。
 仲間であり幼馴染でもある彼女達は、こうして一緒に過ごすことも少なくは無い。
 無職のフィオナと違い多忙なクラリッサの空いた時間を見つけては、二人で買い物に出たりのんびりしたりと、楽しく過ごしていた。
「私の為に?」
 今日はのどかな庭でクラリッサが淹れた紅茶を嗜んでいるのだが、思いもよらぬ言葉にフィオナは首を傾げた。
 彼女は何事にも研究熱心で、紅茶のブレンドやお菓子のレシピを試行錯誤するのも趣味のようなものだ。
 フィオナからすれば研究オタクにしか見えない幼馴染は、照れ臭そうにはにかみながらも頷く。
「フィオナ、最近苛立っていたでしょう? だから、少しでも落ち着くように考えたの」
「……クラリッサはほんと女らしいな」
 いいお嫁さんになるよ、とカラカラ笑いながらもう一口紅茶を飲めば、クラリッサは瞬く間に顔を赤らめてあわあわと視線を彷徨わせる。
「わ、私なんて誰も貰ってくれないわよ。とろくさいし、すぐダレルに怒られるし、み、魅力なんて無いもの……」
「ダレルが怒るのはクラリッサだけじゃないだろ。あの怒りん坊」
「お前達が怒られるようなことをしているんだろうが」
 ぎくり、とフィオナが苦い顔をした時にはもう遅く、彼女達のもう一人の幼馴染が腕を組んで背後に立っていた。
 恐らく鬼のような形相をしていることは、向かい側で今にも泣きそうな顔をして怯えているクラリッサを見れば容易にわかる。
 それでも恐る恐る振り返ると、容赦なく額を弾かれてフィオナは「ぎゃっ!?」と短い苦悶の声を上げた。
「ダレル! レディに手をあげるのは良くない!」
「ほう? どこにレディがいるんだ?」
「ふ、二人ともっ、喧嘩は良くないわ」
『喧嘩じゃない!!』
 バチバチと火花を散らして睨み合うフィオナとダレルを、二人の一つ年上のクラリッサが止めようとあたふたするものの、効果など全くない。むしろ、あう、と唸って縮こまってしまったクラリッサを見て、ようやく二人は仕方ないと言わんばかりに溜息を吐き、口論を止める。それが、何年もの付き合いで築かれた“当たり前”だった。
 ダレル・ボールドウィン。彼もまた、剣士としてフィオナと共に戦った幼馴染だ。現在は国軍第一部隊隊長という要職に就き、日々厳しい鍛錬に勤しんでいる。
 その鍛錬の休憩中なのか、汗を拭いながらガゼボに入ったダレルが「それで、何の話をしていたんだ?」と二人に問いかけた。
「クラリッサはいい嫁になるって話」
「……ああ、まあクラリッサなら大丈夫だろ」
「その私は無理みたいな言い方」
 フィオナはわざとらしく眉を寄せたものの、「まあ否定しないけど」と素気なくぼやく。
 フィオア自身、自分に女としての魅力がない事は充分に理解していた。美貌を持っている訳でもスタイルが良い訳でもなく、性格も大雑把で難しい事を考えるのに向いていない。あまつさえ、自分よりはるかに大きな男を素手で伸してしまうのだ。友愛ならまだしも、誰がこんな女に惹かれるというのか。
 クラリッサお手製の紅茶を口に含んだフィオナに、クラリッサがクスリと笑った。
「フィオナこそ、エリオット殿下がいらっしゃるじゃない」
「……は、あ?」
 あからさまに眉を寄せたフィオナ。ダレルもぐっと眉間に皺を刻んでおり、それが更にクラリッサの笑みを誘う。
 楽しそうに笑いながら、クラリッサはダレルにも紅茶を淹れ、差し出した。
「フィオナは魅力がないって言うけれど、充分魅力的だわ。殿下はきちんと知ってくれているから、ああ仰るんだと思うの」
「ナイナイ。仮にそうだとしても、私にその気がないんだから意味無いよ」
 ヒラヒラと片手を振るフィオナを見て、クラリッサは僅かに眉尻を下げる。
 紅茶を静かに啜ったダレルが、呆れたように溜息を吐いた。
「だが、結婚云々の前にお前はそろそろ落ち着きを持つべきだな」
 きょとんと首を傾げるフィオナの向かい側で、それは確かにそうだとクラリッサが苦笑を浮かべて頷く。
「お前はやんちゃが過ぎる。女らしくなれとまでは言わないが、せめてよく考えてから行動しろ」
「ははは! ダレル、まるで父親だな! 同い年の癖に!」
「お前がガキなんだろう!」
「ダ、ダレル、落ち着いて!」
 ケラケラと楽しげに笑うフィオナにダレルが怒鳴るが、長年の付き合いの所為で慣れきってしまった彼女にはまるで効果がない。おろおろするクラリッサが宥めきる前に、ダレルがフィオナの頬を抓り、仕返しとばかりにフィオナもダレルの頬を抓る。
 何も知らない人間が見れば、まさか彼らが世界を救ったなどとは思わないだろう。
 それから暫く、ガゼボからは賑やかな声が止む事はなかった。
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