勇者と王子

 お転婆娘。それがフィオナの代名詞だった。
 フィオナは城下町の片隅にある小さな家に生まれ、二人の幼馴染と共にすくすくと育った。
 あまり裕福ではなかった為に学舎には通わず、幼馴染に読み書きを教わったのみで、他にこれといった教養はない。
 あるのは、生来の負けん気と快活さのみ。悪さをして大人を困らせるような事はなかったものの、ただ元気が良すぎた。城下町を飛び出して近づくなと忠告されている森に遊びにいったり、高い所から落ちて怪我を負うなど日常茶飯事だった。
 あと彼女は曲がった事が許せない性質《たち》で、気弱な幼馴染を苛める子供を鉄拳制裁して泣かせては自分も大人から鉄拳制裁を受け、はたまた万引きを見つければ治安部の大人が駆けつけるより先にとっ捕まえて表彰される、などという事もあった。
 そんなお転婆娘は城下町では有名で、遂にその噂が城にまで届いたらしかった。
 普段と変わらない朝、突然家に国王の家臣がやってきて、訳もわからぬまま王の御前に通された。そして、魔王討伐を命じられたのだ。
 元気すぎるお転婆娘は、二十一歳にして勇者様と世界中の人々から崇められる救世主になってしまっていた。

「今日はまた、呆れるほどの仏頂面だな?」
 ニヤリと口元に笑みを浮かべ、片眉を上げるエリオット。その視線の先には、上質なソファに座るフィオナがいた。
 ぶすっと不機嫌丸出しの彼女を可笑しそうに眺め、エリオットは机の端に置いてあった差し入れを思い出す。甘く熟した果実を彼女の方へ放ると、フィオナは難なくそれを受け取って遠慮なく齧りついた。
「……美味しい」
「それは良かった」
 それで機嫌も治してくれればもっと良い。そんな気持ちが透けて見えるエリオットをきつく睨み、フィオナは鼻を鳴らして顔を背けた。

 魔王を倒してから、そして祖国に帰ってから半年が経つ。
 旅に出る前、魔王討伐を命じる国王に駄目もとで、無理です、できません、と断ろうとしたフィオナに「つべこべ言わずに殺《や》れ」と一蹴したのは他でもないエリオットだった。
 エリオットは現国王の一人息子であり、確実に次期国王となる。二十三歳にして既に殆どの権限は譲り受けており、事実上国を動かしているのは彼だ。その証拠に、国王陛下は現在暢気に隣国に旅行に赴き、平和になった世界を満喫している。
 そんな絶対的権力を持つ男に逆らえば、魔物に殺される前に打ち首である。嫌々ながらもすぐに旅立ち、どうにか命を果たすことができた。これに関して一番驚いているのはフィオナ自身である。
 とりあえず帰国して報告を、そう考えて帰国すれば、エリオットは当然のように様々な褒美を与えてくれた。そして是非これからは国の為に働いて欲しいと、三人をそれぞれに見合う分野のトップに立てた。
 しかし、フィオナは学が無い。第一、誰かの上に立つなど性に合わなかった。その為どうにか外してくれるよう頼み、エリオットも渋々といった様子で受け入れた。
 そして半年経った現在、フィオナは未だに無職だ。幼馴染が城内でせっせと働いているが、彼女には何もする事がない。
 それでも王城の中にいる理由は、やはりこの王子にあった。

「……フィオナ」
 フィオナの隣に腰を下ろして、エリオットがそっと声をかける。
 それでも振り向かない彼女に心中で溜息を吐き、強く抱き寄せた。びく、と強張る体を腕の中に閉じ込める。
「そう不貞腐れるな。外出なんかいくらでもできるだろ?」
「……クラリッサと前から楽しみにしてたんだ。それを潰されれば不貞腐れる」
「ようやく執務に区切りがついたんだ。お前がいない休憩なんてありえない」
 子供を宥めるように頭を撫でるエリオットをじとりと睨みつけ、「私が来るまでありえたじゃないか」と悪態をついた。
 この王子は何故か、フィオナが好きだと言う。その為、たいして必要でもないフィオナを王城に置いているのだ。
 軟禁という訳ではない。ちゃんと知らせれば外出も自由にできるし、フィオナとしてもここでの生活は嫌いではなかった。
 しかし、一番の問題はこのエリオットにあった。
「私じゃなくて、綺麗なお嬢さんに相手してもらえよ。今日も来てるんだろ? さっき見かけた」
「なんだ、嫉妬してるのか?」
「違う! こんなことされて、勘違いされるのが嫌なんだ!!」
 フィオナが生粋のお転婆娘であるように、エリオットもまた、生粋の女誑しだ。甘いマスクで女性を魅了し、その気も無いのに貴族の令嬢と一緒にいることも多い。
 その点についてはもういい。修羅場になろうが何だろうが、自業自得である。ただ、私を巻き込むな。
 エリオットがフィオナを何の為に城に置いているかなど、周知の事実だ。その上こうして一緒にいる所を見られた時には、令嬢方の妬ましそうな視線がまるで槍のように突き刺さってくるのだ。
 それをこの男が気付かない筈はない。面白がっているのだ。嫉妬の炎を燃やす令嬢を適当にあしらっておきながら、抱き締めただけで顔を赤らめる、男慣れしていないフィオナを。
「そう言われても、俺が勘違いしろと言っている訳じゃないし、第一勘違いでもないだろ」
「勘違いだ! 間違いがありすぎる! 私とお前の間には何も無いと誰も信じてくれない!」
「そんなに言うなら、早速既成事実でも作るか」
「誰もそんな事言ってないだろ馬鹿王子! ていうかそろそろ離せ!!」
 通常ならば即不敬罪と見做される暴言の数々を投げつけながら、フィオナはどうにか逃れようともがくが、エリオットが腕を緩める様子はない。
 いくら勇者といっても、単純に力比べでは男に敵う筈も無い。恨めしそうに睨み付ける彼女を見て、エリオットは楽しげに笑った。
「まあいい、そろそろ煩い側近が急かしに来る頃だ。今日はこのあたりで勘弁してやる」
「いつか絶対に投げ飛ばしてやる」
「それは楽しみだな。さすがに俺を投げ飛ばせば『お偉い方』も黙ってないだろう、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす姿が目に浮かぶ」
 くつくつと喉で笑う彼を見ながら、普通にしていればただのいい男なのにと考えて、フィオナは慌てて首を振った。
 この男が普通などありえない。この俺様加減や女誑しを抜いて、一体何が残るというのだ。
 そうだそうだと一人納得していると、「失礼なことを考えるな」とデコピンされた。
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